勝海舟といえば、幕末の時代で人気のある偉人の一人ですよね。
坂本龍馬の師匠であり、江戸幕府の軍艦奉行などを歴任して国の発展に貢献し、戊辰戦争の際の江戸無血開城がとくに有名です。
そんな勝海舟の血統が現在も続いていて、ライターとして活躍している人もいるということはご存知でしょうか。
彼の子孫について紹介したいと思います。
家系図
勝海舟と正妻・たみの長男・小鹿(ころく)は、父親と同じく海軍に身を置きましたが、病弱のため、若くして亡くなってしまいます。
そこで、小鹿の娘・伊代のもとに徳川慶喜の息子・精(くわし)を婿として迎え入れ、家督を継がせました。
また、勝海舟は複数人の妾との間に子をもうけたため、現代にも非常にたくさんの子孫が残っているようです。
現在活躍中の高山みな子
現在フリーライターとして活躍する高山みな子は、勝海舟の子孫の一人として知られています。
彼女は妾の一人である増田糸の娘・いつのひ孫としてこの世に生を受けました。
勝海舟とは玄孫の関係にあたります。
実は、高山みな子は、自分が勝海舟の子孫であると教えられて育ったわけではありませんでした。
小学生のころ、歴史の授業で、勝海舟が艦長を務めた咸臨丸について習ったことを家族に話したところ、自分の先祖であると初めて聞かされたそうです。
教科書に載っているような超有名人が自分と血がつながっているなんて、どんな気分なんでしょうか。
いきなり言われても、にわかには信じられないですよね。
もしかしたら、教科書の写真に落書きする友達にムッとすることがあったりしたかもしれないですね。
高山みな子が勝海舟の子孫であると意識し始めたのは、それからしばらく後のこと。
2000年に発足した咸臨丸子孫の会に参加するようになって、自分が勝海舟について全然知らないと痛感したことがきっかけでした。
身近すぎるものって、なぜか興味がわかないことってありますよね。
観光地で暮らしている人たちが、意外と地元の有名スポットに行ったことがないのと似たようなものでしょうか。
私自身、出身地は茨城県なのですが、世界最大の青銅製大仏として知られる牛久大仏を見に行ったことは、子供のころの一度きりだったりしますから。
それから勝海舟について勉強するうちに面白さを感じるようになったそうです。
以来、勝海舟自身や、縁のある人、場所などについて、著述、講演を行っています。
また、高山みな子はガラス工芸家という顔も持っており、鎌倉谷戸の工房で代表を務めています。
この工房のガラス彫刻品は、鎌倉伝統の技法を応用した手法で製作され、かまくら推奨品の認定を受けています。
多分野で活躍する才能は、先祖である勝海舟の血を継いでる証拠かもしれませんね。
世間の声
まとめ
勝海舟の子孫である高山みな子について調べてみました。
結果は以下の通りです。
・現在フリーライターとして活躍する高山みな子は、勝海舟の玄孫にあたる。
・小学生のころまで自分が勝海舟の子孫とは教えられてこなかった。
・ガラス工芸家としての顔も持ち、鎌倉にある工房で代表を務めている。
勝海舟の子孫で、表立って活躍している人物は多くはないようですが、それでもたくさんの子孫が現在もいるそうです。
それも、勝海舟が近代日本の基礎を築いたおかげかもしれませんね。
そんな子孫たちの中から、これからの日本の発展に貢献するような人物が再び現れることがあるかもしれませんね。