浅丘ルリ子は若い頃、自分自身のアノ髪型を流行らせたほど大ヒット!

昭和の大スターで、「大女優」の看板がふさわしい浅丘ルリ子さん。

80代を過ぎた今でも輝きは衰えを知らず、絶大な存在感と美しさでテレビや映画などに大輪の華を咲かせています。

今回は、そんな浅丘ルリ子さんについて迫ってみました。

若い頃から現在まで


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女優業の他に歌手としても活躍していた、若い頃の浅丘ルリ子さん。

もちろん今でもおキレイですけど、若い頃はもっと美しかった!

 

学生時代は貧しかった

1940年7月2日に満州で誕生した浅丘ルリ子さんですが、3歳の時に父親の仕事の関係でタイのバンコク引越しをしました。

そこで終戦を迎えたのですが、パンパートン抑留所へ強制収用されてしまい、1年間なんとか生き延び命からがら日本へ帰国します。

 

帰国してからの一家は苦労の連続で茨城県の大洗に住む親戚を頼ったり、東京神田にあるガード下の借家に暮らしたりと大変貧しい日々を送っていました。

自宅で雀荘を経営する傍ら、母親が毛布を裁断して服を作って着たりと、かなり切り詰めた生活を余儀なくされたのだそうです。

 


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当時浅丘ルリ子さんが暮らしていた神田駅近くのガード下飲み屋街。

現在でも昭和ロマンに溢れた場所です。

 

デビュー当時、ルリコカットを流行らせた


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1955年に公開された映画『緑はるかに』で、応募者3000人の中からヒロインに大抜擢された浅丘ルリ子さんですが、その可愛らしさに虜になる人が続出したと言います。

 

当時14歳だった浅丘ルリ子さんがしていた髪型が「ルリコカット」と言われたそうです。

大人の女性も、たくさん真似した人が多く「ルリコカット」は大流行しました。

 

『竜馬がゆく』で大ヒット


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1968年1月からスタートした大河ドラマ『竜馬がゆく』では、坂本龍馬の妻「おりょう」を熱演。

坂本龍馬役の北王路欣也さんとの夫婦役でした。

主人公が地元(土佐)の言葉でセリフを言うのが、当時では初めての試みで注目された作品です。

 

浅丘ルリ子さんが初めて出演したNHK大河ドラマとなりました。

この作品は「浅丘ルリ子」の名前がお茶の間に知れ渡たった出世作の一つになったのです。

 

 

小林旭と交際するが別れる


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この写真はロケの休日に京都でデートをする浅丘ルリ子さんと、当時恋人だった俳優の小林旭さん。

 

浅丘ルリ子さんは小林旭さんと事実婚の状態でした。

今まで42本もの作品で共演してきた2人は、「365日一緒じゃない日がないくらい一緒でしたから、自然に相思相愛になりました」と語っています。

交際のきっかけは、小林旭さんが浅丘ルリ子さんに「好きになっちゃったみたい」と告白をしたこと。

しかし、浅丘ルリ子さんは小林旭さんに「一目会ったときから私は恋に落ちていた」と後に語ったように、告白される以前から浅丘ルリ子さんの恋は始まっていたのです。

 

しかし、小林旭さんが浅丘ルリ子さんの父親に「信子さん(浅丘ルリ子さんの本名)をお嫁にください」と挨拶に行ったところ、「どこの馬の骨かわからん奴に、娘を嫁にやれるか!」と猛反対。

その父親の返事を受けた小林旭さんは猛烈に頭にきて、浅丘ルリ子さんとの関係がギクシャクしてしまいます。

 

そして、そのまま自然消滅という形で2人の恋は終わりを告げました。

 

『夕陽の丘』で石原裕次郎とデュエット


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1964年4月に往年の大スター石原裕次郎さんと共演した、『夕陽の丘』という映画が上映されました。

 

また、この主題歌を石原裕次郎さんと一緒に歌っています。

日活アクション映画で次々とヒロインを演じ、石原裕次郎さんとも3作ほど共演をしました。

 

浅丘ルリ子さんは、日本の映画の黄金次第をヒロインという形で支えたのです。

 

石坂浩二と結婚するが離婚する


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1971年、以前から浅丘ルリ子さんの大ファンであったという石坂浩二さんと結婚をします。

石坂さんの「あなたは女優だ。結婚しても仕事を選んで女優でいてください」という石坂浩二さんの言葉が結婚の決め手になったそうです。

また年齢的にも30歳を迎え、結婚を考える時でもありました。

 

しかし、2000年12月27日浅丘ルリ子さんと石坂浩二さんは2人揃っての記者会見を開き、その場で離婚を発表。

すでに別居状態になっていた石坂さんから、「いつも家にいてくれる人と一緒になって子どもが欲しい。実母も引き取って一緒に暮らしたい」と告げられました。

以前から別の女性の存在に気がついていた浅丘ルリ子さんは、最初は動揺したものの石坂浩二さんの気持ちを受け入れ離婚に至ったのです。

 

しかし、離婚後も関係は良好でお互いに連絡は取り合っており、石坂浩二さんは浅丘ルリ子さんのことを芝居の師匠のように思っているそう。

2017年にはドラマ「やすらぎの郷」で31年ぶりに2人で共演しています。

円満離婚だったおかげで、今でも2人の共演した姿が見られるのは嬉しいですよね。

 


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ドラマ「やすらぎの郷」でウエディングドレスを披露する、浅丘ルリ子さんと加賀まりこさん。

久しぶりの元夫婦の共演です。

 

2020年、帯状発疹になる

2021年、雑誌のインタビューで38キロの体重が33キロまで落ちてしまったことを告白した浅丘ルリ子さん。

当時撮影していたドラマの「息子を殺した元服役囚」という難しい役柄にストレスをひどく感じてしまい、食事も喉を通らなかった状態だったそうです。

 

しかし、浅丘ルリ子さんの激痩せはストレスだけではなく、その前年2020年の夏に帯状発疹を患っていました。

ハードな撮影現場では、フラつく浅丘ルリ子さんを主演の舘ひろしさんがエスコートするなんていう一幕もあったとか。

 

コロナ禍で感染症予防のために人との接触が減ってきている昨今。

そのことでウィルスに対する免疫活性化の機会が減ってしまい、発症が増えているのだそうです。

 

浅丘ルリ子さんもかなりキツい撮影になったそうですが、そこは昭和の大女優。

気迫の演技で乗り切ったそうで、まさに女優魂そのもの!

 

 

ハーフは嘘?


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満州で生まれた浅丘ルリ子さんは、時々「ハーフなのでは?」という説にそって検索をかける人もいるようです。

確かに若い頃の目鼻立ちの整った顔や、少し緑がかった瞳の色などを見るとそういう噂が出るのも納得!

しかし浅丘ルリ子さんのご両親は満州で知り合って結婚されたものの、どちらも日本人。

 

やっぱり浅丘ルリ子さんは日本人、ということで間違いないようですね。

 

若い頃より化粧が濃くなった

浅丘ルリ子さんは、映画「緑はるかに」に出演した時、プロが描いてくれるアイメイクに衝撃を受けたそうです。

女優である以上、人前に出るときは必ずフルメイクをするというのがマナーだというのが持論です。

自分がいつまでも美しくいるために、浅丘ルリ子さんのメイクは大切なものでした。

 


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こちらはまだ若かりし頃の浅丘ルリ子さん。

大河ドラマ「竜馬がゆく」に出演した時で、28歳。

日本人離れしたぱっちりした二重の瞳に、多くの人が心を奪われました。

 


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こちらは1971年1月にリリースされた浅丘ルリ子さんのシングルレコード。

31歳の浅丘ルリ子さんです。

ぱっちりしたまつ毛や濃いアイラインなど、基本的なメイクは現在と大きく変わってはいないようです。

 


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こちらは80歳を超えた、現在の浅丘ルリ子さん。

もちろん、以前よりお年を召している分ファンデーションやチークなどは厚めになっています。

それでも大きなメイクの違いは見られませんね。

今でも十分キレイです!

 

 

キレイでいる秘訣は「恋をすること」


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芸能生活も60年を過ぎ、今でも美しい浅丘ルリ子さんの美のヒケツは「恋をすること」。

 

現在でもボーイフレンドは途切れたことがなく、ときめく存在が大きな張り合いになるのだとか。

しかも、恋をすることで「キレイでいたい!」という気持ちを失うことがなく、美意識の高い状態でいられるそうです。

 

「恋をする」という気持ちが今でも輝きながら女優を続けられる一番の理由というのは、とても素敵なことだと思います。

 

世間の声


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まとめ

今回は80歳を過ぎてもなお、美しくて魅力的な大女優、浅丘ルリ子さんの若い頃を主に調べてみました。

  • 学生時代はとても貧しくて、日々の暮らしも大変だった。
  • 14歳でデビューすると、あまりにも可愛らしいその姿が大人気となり「ルリコカット」は大流行した。
  • NHKの大河ドラマ「竜馬がゆく」で女優「浅丘ルリ子」の名前が一斉に知れ渡った。
  • 共演を重ねた小林旭さんと事実婚状態になるが、浅丘ルリ子さんの父親に結婚を猛反対され自然消滅してしまった。
  • 昭和の大スター石原裕次郎さんとも日活映画で共演をして、「夕陽の丘」ではテーマソングをデュエットしている。
  • 浅丘ルリ子さんのファンだった石坂浩二さんと結婚をするが、女優を辞めて家庭に入ることができないという理由で離婚をしている。
  • 2020年コロナ禍において帯状発疹を発症してしまい、体重が激減してしまう。
  • あまりにも日本人離れした美しい顔立ちのせいで「ハーフなのでは?」という説もあるが日本人。
  • 若い頃も現在も「女優のマナー」としてメイクは絶対に欠かさない。昔に比べると少々濃くなってはきているが、基本的には同じ。
  • 「いつも恋をしていること」でいつでもキレイでいたい、という気持ちが持続されキレイでいることができる。

 

今でも若い頃のように体力と演技力と美意識、それらをキープし続けることは並大抵の努力ではないと思います。

しかし、それを今でも持ち続けることができるのが、昭和の大女優浅丘ルリ子さんなんですね。

まだまだ華やかで独特の存在感を持つ浅丘ルリ子さんから目が離せません。

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