吉川晃司の若い頃は無敵の暴れん坊!事件を起こすもかっこよすぎて…

ミュージシャンで俳優の、吉川晃司さん。

五十歳を過ぎてなお、精力的に活動を行なっています。

最近は、NHKの朝ドラ「舞い上がれ!」の教官役で話題になりました。

今回は、そんな吉川晃司さんの若い頃について迫ってみます。

プロフィール


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吉川晃司(きっかわこうじ)

生年月日:1965年8月18日

出身地:広島県安芸郡府中町

血液型:B型

身長:182cm(公称)

所属:アクセルミュージックエンターテイメント(代表取締役社長)

 

学生時代はアマチュアバンドに加入し、地元では人気だった吉川さん。

音楽で勝負する決意を固め、上京しました。

その後の活躍は、皆さんも知っている通り。

当時所属していた渡辺プロは、吉川さんを「10年に1度の逸材」と高く評価していました。

 

吉川晃司の学歴と経歴


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では、そんな吉川晃司さんの経歴はどうだったのでしょうか。

 

出身校

吉川晃司さんは、広島県出身。

小学校は、地元の府中町立府中小学校でした。

そこから広島では名の知られた進学校である修道中学校を受験し、合格しました。

この修道中学校、偏差値63とも言われる難関校。

吉川晃司さんは、頭が良かったみたいですね。

 

ところが中学に入ると、早々に落ちこぼれてしまいます。

しかし偶然から始めた水球で、みるみるその頭角を現した吉川晃司さん。

その後は高校へと進学し、そこでも水球の選手として活躍しました。

 

ところが、その高校も音楽の道に進むために中退

水球の選手としての活躍から、特待生として大学進学の道もありましたが、吉川晃司さんはあえて夢を選んだのです。

 

今も昔も己の道を進む吉川晃司さんは、とてもかっこいいですね。

 

水球部で活躍した


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中高生の時の吉川晃司さんは、水球で大活躍する選手でした。

それまではサッカーをやっていたそうですが、修道中学に入ったその年の夏に偶然から水泳部に入部することに。

そのことについて、吉川晃司さんはインタビューで以下のように語っています。

「もともとサッカーをやっていたけど、暑い日、プールがきらきら輝いて見えてね。誰もいなかったんだよ。男子校だから、海パンなんて落っこってて、そのままはいて水に漬かってたわけよ。そうしたら中高6年制だったから、高校生の主将がちょうど来ちゃって。『お前、何しとんじゃ!』『今日から水泳部!』と」
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何とも突然な始まりだったみたいですね。

 

元々恵まれた体格をしていたこともあってか、吉川晃司さんは水球選手として才能を発揮していきます。

なんと、肺活量は7,000ccもあったそうです。


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きっと女子にもモテモテだったと思われます。

男子校じゃなかったら、ファンクラブあったかも知れませんね。

 

水球選手として、全国的にも有名な選手となった吉川晃司さん。

一年の時には世界ジュニア水球選手権大会の日本代表になり、2年連続で全日本高校最優秀選手にも選ばれています。

高校二年生の時には、U-20日本代表の最年少選手として抜てき。

最年少日本代表としてイタリア・エジプト遠征にも参加しました。

 

しかし、そこで世界の壁にぶつかったのです。

「外国には100キロの選手がざら。(元プロレスラーで親友の)前田日明さんを背負って水の上で受けるみたいな感じですよ。前田7人はやめてと。想像を超えてますよね」
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鍛えた逆三角形の上半身から、「便所のマーク」というあだ名をつけられていた吉川晃司さん。

ですが、そんな彼でももっと筋骨隆々の「ギリシャ彫刻」のような外国人選手達には面食らったと言います。

 

そして、吉川晃司さんは水球を諦めることになりました。

吉川さんほどの人でもそう思えるほど、世界の壁は厚く高かった、ということでしょう。

 

今でもプールで泳ぐことがある、という吉川晃司さん。

音楽ではなく水球の選手として世界を目指した姿を、見たかったような気もします。

 

 

バンドを組んでいた


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高校時代、水球と平行してバンド活動を行なっていた吉川晃司さん。

きっかけは、同じ水泳部だった酒井麿に誘われたことだったそうです。

EIGHT CITY’S FISH BAND( 通称:はまちバンド)での吉川さんの担当は、サイドギターとボーカル。

オリジナル曲は4曲と少なかったのですが地元を中心に自主コンサートを行い、コンテストにも出場しています。

 

吉川さんの歌唱力、ルックス、パフォーマンスは求心力があり、いつもコンサートは盛況だったそうですが、バンドメンバーの音楽の好みがバラバラだったため、徐々に低迷。

そんな中、高校2年生の時に佐野元春のコンサートを見てカルチャーショックを受けた、吉川晃司さん。

そこから音楽で生きていこうと決意したのです。

 

まだ若い頃から、ミュージシャンとしての素質を覗かせていた吉川晃司さん。

強烈な個性が魅力でもありますが、バンドが続いていたなら、また違った吉川晃司の音楽が聴けていたのかも知れませんね。

 

俳優活動もしている


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ミュージシャンとして人気の吉川晃司さんですが、俳優活動もしています。

俳優としての最初の活動は、「すかんぴんウォーク」という1984年の映画でした。

しかも初にして主演!主題歌も吉川さんが歌っています。

 

その後も『ユー・ガッタ・チャンス』『テイク・イット・イージー』など、立て続けに映画に出演。

しかし、音楽に集中するため、一度は俳優業を封印しました。

 

再び吉川晃司さんが俳優として復活したのは、2000年の「漂流街」です。

ここで演技が注目され、再び俳優としての活動も活発に行なうようになりました。

この時に

存在感が凄すぎて気軽な役には使えない。特別な役にもってこいな人。

という評価を監督からいただいている、吉川晃司さん。

音楽だけではなく、多くの才能を持っているのですね。

 

2009年の大河ドラマ『天地人』の織田信長役では、女性視聴者からの問い合わせが殺到したと言います。

ルックスの良い吉川晃司さんらしいエピソードですよね。

とはいえ、演技も素晴らしかったからこその反応だというのは言うまでもありません。

 

2010年には映画ですが、なんと「仮面ライダー」にも出演。

「ハードボイルドを体現できる人物」としてオファーされたと言います。

 

映画での出演が多かった吉川さんですが、2020年の「探偵・由利麟太郎」では、地上波連続ドラマ初主演を務めました。

 

その他にも、様々な作品に出演している吉川晃司さん。

ルックスだけではなく、年齢を重ねた男の渋さ、と言いますか、なんとも言えない魅力で視聴者の目を釘付けにしています。

 

 

若い頃のかっこいい姿


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イケメンでシブオジ、の吉川晃司さん。

勿論、若い頃からイケメンで大人気でした。

ここからは若い頃のかっこいい姿をお見せします。

 

アイドル時代

デビュー当時は「アイドル」として売り出していた、吉川晃司さん。

当時は「光GENJI」「男闘呼組」などアイドルが人気だった時代。

ルックスが良く歌も歌え、更に役者もこなす吉川晃司さんは、多くの女性の憧れでした。


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俳優デビュー当初


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デビューは1984年。

まだ未成年のはずですが、大人っぽいかっこよさがあります。

水球で鍛えた肉体美も、すごいですね。

 


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若い頃に起こした3つの事件


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吉川晃司さんは、喧嘩に強いことも有名です。

若い頃は血の気が多かったのか、幾つか事件も起こしています。

どんな、事件だったのでしょうか。

 

友人と揉めて書類送検


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1998年、吉川さんは暴行事件を起こしています。

 

友人と自宅で酒を飲んでいた吉川さんですが、酔っ払った勢いだったのか、口論がもみ合いに発展。

水球で鍛えた吉川さんの拳は破壊力があったのか、病院送りにしました。

ちなみに相手の方は、なんとボクシング経験者

そんな相手を「ワンツースリー」で倒してしまった、というのだから驚きです。

友人が警察に被害届を出したことで、吉川晃司さんは書類送検されています。

 

後日調べてわかった口論の原因は、吉川さんが大事にしている尾崎豊さんの形見のギターを足蹴にしたことでした。

大事にしている物をないがしろにされた吉川さんが怒るのも、尤もですよね。

この件は友人側の非があったこともあり、大きな事件にはなりませんでした。

むしろ、情に厚い男、と周囲に印象づけた結果となりました。


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有名プロレスラーと喧嘩


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吉川晃司さんがプロレスラーと喧嘩をしたという話は、あるトークで綾小路翔さんが語っています。

「お酒の席で、格闘家の前田日明さん、高田延彦さんと(タイマンで)殴り合いをして、2回ともやられていますから」
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さすがに格闘のプロには勝てなかったようですが、喧嘩を売ってしまう度胸がすごいですよね。

 

更に綾小路翔さんが披露した後日談は

「吉川さんは『前田は強いけど、高田はそうでもないな』って言っていましたよ。水球をやってらっしゃったので『水の中だったら、ヒクソン・グレイシーにも勝てる』とも言っていました」
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これは負け惜しみなんでしょうか。

ですが、それくらいガッツがあるからこそ、スターへの道を駆け上ることができたのかも知れませんね。


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NHK放送局出禁


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若気の至りでいろいろやらかしている、吉川晃司さん。

初登場の紅白でも、大騒動を引き起こしています。

「84年にデビューし『モニカ』が大ヒットした吉川は、85年の紅白にトップバッターとして初出場。
その際、白組にもかかわらず、真っ赤な衣装で登場して『にくまれそうなニューフェイス』を熱唱するや、予定外の行動に出ました。
客席に降りてカメラに体当たりするなど、大暴れ。
しまいには持っていたシャンパンをブチまけてセットをグチャグチャにしたあげく、火をつけたギターを床に叩きつけて破壊。
これで進行も滞り、シブがき隊の布川敏和が床に残っていたシャンパンで滑って二度も転倒する、というオチまでつく大騒動に発展しました」
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この事件のせいで吉川晃司さんは紅白に加え、NHK自体も10年以上、出入り禁止になったと言われています。

 

こうして、厳しいペナルティがかけられてしまった吉川晃司さん。

周囲に迷惑をかけてしまったのですから仕方ないとは言え、本人は初出場でトップバッターという状況にかなりテンパっていたのではないでしょうか。

それに、暴行事件と同じくこちらも訳ありだったところもあったようです。

「当時の行為はハチャメチャにも思えますが、本人も今回、謝りながらも『至って真剣にやっていた』としているように、彼なりの訴えはあった。騒動後のインタビューで、賞の出来レースぶりや、プロダクション、事務所の政治力に不満を抱いていたことを明かし、『抗議』的な側面もあったと打ち明けていますからね。そのぶん、手痛い制裁を食らったわけですが、そんな熱い吉川ゆえ、今も多方面で活躍し続けているのでしょう」
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2022年12月、出演したNHKの番組内でこの事件について触れられた吉川晃司さんは、気まずそうな顔をしていました。

暴れん坊の吉川さんですが、さすがにあれはまずかったと思っていたのですね。

そしてその後、「すいませんでした、本当」と謝罪しています。

 


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世間の声


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まとめ

ここまで、吉川晃司さんの若い頃について迫ってきました。

以下にまとめてみます。

・吉川晃司の出身校は、広島県内で有名な進学校である、修道中・高校である
・中学の時に水球を始め、高校生まで水球部で活躍。2年連続で全日本高校最優秀選手にも選ばれ、海外遠征も参加している
・高校生の時に、アマチュアバンド(はまちバンド)を組んでおり、地元では有名だった
・ミュージシャンだけではなく、俳優活動もしている
・若い頃からかっこいい姿でとても人気だった
・若い頃に、3つの事件を起こしている。

 

いかがだったでしょうか。

今もツアーで魂の限り歌い上げながら、俳優としても幅広い活動を行なっている吉川晃司さん。

今後の活躍も期待しています。

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