インドのサティーで女性が火に飛び込む驚愕の理由

皆さんは、インドに存在した「サティー」という風習をご存知でしょうか?

夫に先立たれた女性が、その後を追って焼身自殺をする、というものです。

われわれ日本人には簡単には理解できない文化ですが、なぜインドの女性たちは、このような行為をしていたのでしょうか?

そこには、驚愕の理由がありました。

女性がサティーをする驚愕の理由


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インドの女性がサティーをするのは、ヒンドゥー教の教えと、それを背景とした女性の社会的地位の低さなどが関係しているからです。

 

ヒンドゥー教社会では、女性の権利というものはほとんど認められず、男性に服従することのみを求められていました。

結婚においても、日本ではまだ小学生くらいの年齢の女の子が、ずっと年上の男性に嫁ぐことは当たり前でした。

そこに本人の自由意志はありません。

そのため、妻よりも夫の方が先に亡くなる確率は当然高くなります。

 

それにもかかわらず、インドでは夫に先立たれた女性(寡婦)は、農村で働く女性などを例外に、基本的に再婚を禁止されているのです。

つまり、一度夫を失った女性は、その後の人生をずっと独身のまま過ごすことになります。

 

サティーとは日本語で寡婦殉死と訳されますが、本来は「貞淑な女性」を意味します。

インドにおける「貞淑な女性」とは、一生を1人の夫に尽くす女性を指し、再婚などはその考えに反するものでした。

 

サティーをしなかった寡婦の人生は悲惨で、家から出ることも許されず、不吉を呼ぶ存在として家族からも忌み嫌われながら生きていくほかありませんでした。

そのような事情から、寡婦となった女性には、サティーをする以外の選択肢が最初から存在しなかったのです。

 

理由はそれだけにとどまりません。

女性がサティーを行った場合、その家族には名誉が与えられます。

また、夫が亡くなった際、男児が生まれていなければ、遺産の相続権は妻にありますが、サティーにより妻が亡くなれば、その権利が家族に移るのです。

そのため、本人にサティーをする意思がなくても、家族に強要されるということも珍しくなかったようです。

 

これらの事実を知った時、今私が生きるこの日本とのあまりの違いに、ファンタジー世界の話かと勘違いしそうになりました。

 

 

恐ろしいサティーの全貌


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ここからは、このサティーという恐るべき風習の全貌を見ていきたいと思います。

 

サティーの成り立ち


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サティーという風習がいつごろから始まったのか、今のところ具体的な時期は分かっていません。

そもそも、ヒンドゥー教の経典にサティーの具体的記述はないのです。

ただ、紀元前4世紀ころにはギリシア人による記録が残っているようです。

かなり古い歴史があることがわかりますね。

 

また、サティーにはインド神話との深い関わりがあるようなのです。

インド神話には、貞淑を証明するために、自ら炎に身を投じた女性が出てきます。

 

「マハーバーラタ」に登場する女性サティーは、シヴァの妻となりますが、彼女の父・ダクシャはシヴァのことを認めませんでした。

それに心を痛めたサティーは焼身自殺を図ります。

その後、サティーはパールヴァティとして生まれ変わり、再びシヴァの妻となることができたのです。

 

いかがでしょう。

神話上で焼身自殺をした女性の名前が、風習と同じサティーというのは、単なる偶然にしてはできすぎではないでしょうか?

この逸話が、サティーという風習の根底にある可能性は非常に高いと思います。

 

サティー禁止法の発令


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この忌むべき風習、サティーに、ついに禁止法が発令されます。

 

17世紀ころ、インドを支配するムガル帝国の人々は、サティーに反対する立場をとっていましたが、完全には禁止しませんでした。

ヒンドゥー教徒からの反乱を恐れたためです。

そのため、説得に応じない女性に限りサティーを許可していたようです。

 

しかし、18世紀の終盤に、サティーによる死者が急増し、社会問題になりました。

そこで、イギリス植民地時代の1829年、ついにサティー禁止法が発令されます。

以降、サティーの数は減少し、20世紀初頭にはほとんどなくなったそうです。

 

 

インド独立〜現在のサティー事件


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1947年、インドは独立を果たしますが、それ以降に痛ましいサティー事件が起こりました。

 

1987年、ループ・カンワルさんは、サティーによりこの世を去りました。

18歳の若さでした。

病死した夫の後を追った形になりますが、結婚生活はわずか8か月間だったそうです。

 

この事件の恐ろしい点が、その後の捜査で明らかになります。

ループ・カンワルさんは、サティーの直前、大量の麻薬を服用していたことが分かったのです。

また、火の中から逃げようとするのを、周囲の人間に押し戻されるのを目撃した人もいました。

 

それでも、新聞にはループ・カンワルさんの死は英雄的に書かれていたそうです。

また、彼女の暮らす村は巡礼地となり、経済的に潤う結果になりました。

 

この事件をきっかけに、1988年、改めてサティー防止法が制定されました。

 

何ともやるせない気持ちになる事件ですよね。

 

世間の声


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まとめ


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インドのサティーで女性が火に飛び込む驚愕の理由を調べてきました。

以下がまとめとなります。

  • 女性がサティーをする理由は、ヒンドゥー教の教えと、それを背景とした女性の社会的地位の低さがある。
  • サティーがいつごろから始まったのかは不明だが、インド神話に登場する同名の女性・サティーが関係している可能性が高い。
  • 18世紀終盤、サティーによる死者の数が社会問題化し、1829年、サティー禁止法が発令された。
  • 1987年、ループ・カンワルさんという女性がサティーにより18歳の若さで死亡する事件が発生した。

 

宗教や伝統に根差した、理解しがたい風習というのは、インドに限らず各国に存在すると思います。

それは、日本も例外ではないでしょう。

しかし、それが原因で不幸になる人が出てはいけないですよね。

そういった文化が、現代向けにブラッシュアップされて、幸せになる人が増えると良いですね。

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