紀子さまの若い頃が美少女すぎて圧倒的な輝き!

令和となった現在も美しい姿で立ち振る舞いをしている紀子さま。

現在もとても美しいのですが、紀子さまの若い頃はとんでもない美少女だったと言われています。

今回は若い頃から圧倒的な輝きを放つほどの美少女であった、紀子さまについて深く迫っていきたいと思います。

プロフィール


出典:https://ja.wikipedia.org/

  • 旧姓:川嶋 紀子
  • 生年月日:1966年9月11日
  • 身位:親王妃
  • 敬称:殿下
  • お印:檜扇菖蒲
  • 配偶者:秋篠宮文仁親王
  • 子女:小室 眞子(眞子内親王)、佳子内親王、悠仁親王
  • 父親:川嶋 辰彦
  • 母親:川嶋 和代

 

紀子さまは元々は民間人であり、秋篠宮さまとご結婚されたことで皇族となりました。

一般家庭で育ったとはいえ、帰国子女であり、学力や身体能力にも優れていました。

さらには、美貌も兼ね備えていたことから理想のプリンセス像でした。

 

超かわいいと話題の若い頃

現在でも紀子さまの若い頃は、超かわいいと話題になるくらいです。

話題になるほどの紀子さまの若い頃を見ていきましょう。

 

幼少期はアメリカで過ごした


出典:https://twitter.com

紀子さまは、6歳までアメリカのペンシルベニア州で過ごされていました。

父の辰彦さんが、アメリカのペンシルベニア大学に留学したのがきっかけで、母親の和代さんと紀子さまも一緒にアメリカに渡って生活していました。

現地の幼稚園に通っていたこともあり、紀子さまが若い頃から英語でスピーチができるほど英語力が高いことにも頷けますね。

 

中学・高校は学習院

紀子さまは中学1年生の9月頃に帰国し、中学・高校と学習院で過ごされました。

父の辰彦さんが仕事上かなりの転勤族であったことから、日本や海外を転々とする事が続いていました。

帰国後の1979年9月に、学習院女子中等科へ編入し、その後に学習院女子高等科へ進みました。

 

女子高等科時代には、厚生委員を務めていたことから、街頭に立ってハンセン病患者をはじめ恵まれない人たちへ募金を呼びかけたり、身体障害者の人たちが作った絵葉書を進めたりする活動に取り組んでいました。

募金を呼びかけたり、障害者のために活動していたりと、当時から紀子さまの優しさが伝わってきますね。

 

秋篠宮さまとご結婚


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1990年6月29日(当時23歳)に皇室会議を経て婚約し、秋篠宮文仁親王とご結婚されました。

2人が知り合ったきっかけは、2人とも通っていた学習院大学の学内にある書店のご主人が、秋篠宮さまに「こちら、川嶋教授のお嬢様です」と紹介したのがことの始まりでした。

この時に、秋篠宮さまが紀子さまに一目惚れされたそうです。

 

秋篠宮さまは一学年上に在籍しており、秋篠宮さまが結成したサークル・自然文化研究会に紀子さまを誘い、親密な仲となっていきました。

交際がスタートし、2人の関係はマスコミなどからも大きく取り上げられていました。


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当時の紀子さまは、一家で3LDKの家賃3万3000円の学習院大学の共同住宅に住んでいたことから、『3LDKのプリンセス』と呼ばれていました。

また、近隣の学校の男子からも「可愛い子がいる」と評判だったそうです。

確かに透明感があり、透き通るくらいな美人さんですよね。

 

その後、1986年6月に秋篠宮さまからプロポーズを受けましたが、紀子さまは「少し考えさせてください」と即答することはできませんでした。

プロポーズから3年の月日が経ち、2人の結婚は1989年9月12日の皇室会議にて正式に決定されました。

 

 

子供を産んでからのお姿

紀子さまは3人の子供を産んでいます。

ご出産後の紀子さまは、どのようなお姿だったのか見ていきましょう。

 

眞子さまをご出産


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1991年10月23日(25歳)眞子内親王を出産しました。

8日後には、秋篠宮さまに付き添われて、宮内庁病院を退院されました。

「眞」には天性の物を失わず、自然に飾ることなく、ありのままに人生を歩んでほしいという思いが込められています。

 

佳子さまをご出産


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1994年12月29日(28歳)佳子内親王が誕生しました。

命名されたのは秋篠宮さまで、健康であるとともに素直で思いやりがあり、心身とも佳(よ)い子に育ってほしいと願いを込めて、名付けられました。

 

悠仁さまをご出産


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2006年9月6日(39歳)悠仁親王が誕生しました。

悠仁さまは秋篠宮さま以来、皇族でおよそ41年ぶりに男の子として生まれました。

出産前に、胎盤の一部が子宮口をふさぐ「部分前置胎盤」と診断され、帝王切開にて予定よりも20日早く出産されました。

 

「悠」の文字には、ゆったりとした気持ちで長く久しく人生を歩んで欲しいという願いが込められています。

 

眞子さまを見送る


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2021年10月26日に長女の眞子さま(30歳)と小室圭さん(30歳)との婚姻届が提出され、眞子さまは民間人の「小室眞子」となり、皇族の身分を離れることとなりました。

女性皇族の結婚時に今までやってきた結婚式などの関連行事は全てやらずに「異例の結婚」となりました。

2018年2月に結婚延期されてから、3年半の間に秋篠宮ご夫妻と眞子さまとの間で会話が少なくなることもあったそうです。

 

しかし、秋篠宮邸を離れる際には、宮邸前で秋篠宮ご夫妻と妹・佳子さまと言葉を交わしました。

紀子さまは見送りの際に、車を覗き込むようにして手を振り続けました。

別れの際に紀子さまの目には、涙が潤んでいたそうです。

 

結婚が延期されてから、紀子さまと眞子さまの間でもさまざまな事があったからこそ、別れる際の悲しさもより強かったのではないでしょうか。

 

 

3人の子供を産む前後の変化

紀子さまがご結婚されてから3人の子供を出産後、どのように変化があったのかみていきましょう。

 


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こちらは結婚当時の紀子さま。

紀子さまが可愛いというのは、結婚当時から有名であったそうです。

ファッションやメイク、髪型は昔の感じがありますが、アイドルとして活躍できそうなくらい顔立ちが綺麗でとても可愛らしいですね。

 


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こちらは悠仁さまを出産後の紀子さま。

39歳での出産ということですが、若い頃と変わらず美しい美貌の持ち主ですね。

笑顔も素敵なことから「紀子さまスマイル」と言われることにも頷けます。

 

若い頃は可愛らしさがありますが、悠仁さまを出産される頃には美しいというイメージに変わってきましたね。

 

世間の変化


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まとめ

今回は紀子さまの若い頃はとても美少女であったについて迫っていきました。

  • 紀子さまは元々は民間人であり、秋篠宮さまとご結婚された事で皇族となった
  • 紀子さまは、6歳までアメリカのペンシルベニア州で過ごしていた
  • 学習院大学時代、秋篠宮さまが紀子さまの可愛さに一目惚れした
  • 結婚当時「3LDKのプリンセス」と呼ばれていた
  • 結婚当時から紀子さまは可愛いと有名であった
  • 3人の子供を出産後の現在も美しさが輝いている

 

若い頃から可愛らしく、現在も大人の魅力がある紀子さま。

これからもどのように魅力的な女性として、過ごされていくのか楽しみですよね。

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